かっちゃんがピロティで歌を歌っている。かっちゃんの瞳孔は心持ち開いて軽く興奮しているのがわかる。かっちゃんは興奮すると瞳孔が開く。薄い茶色の目の真ん中が、ひゅん、とこげ茶色に染まって瞳に奥行きが出る。カラコンいらずなんて本人は言ってたけど、本当にそのとおりだ。
かっちゃんが歌っているピロティは昇降口の脇のタイル張りのスペースで、校舎から張り出した屋根の下に作りつけのベンチが置いてある。地下鉄のホームにあるような、プラスティックのちゃちなベンチ。座ると校庭が一望できる。
校庭はバカみたいに広い。野球場が二面とサッカー場が一面、テニスコート四面、ハンドボールコート一面、陸上部の四百メートルトラックがいちどきに取れる。校庭の外周は約一キロ半。年に一度のマラソン大会には、ここからはじまって田んぼの中を十一キロ走る。十一キロだなんて、いま考えるとちょっとしたイジメだ。
かっちゃんはピロティのベンチに座って歌を歌っている。かっちゃんの声は冬の乾いた校庭に突き刺さるように伸びていく。校庭ではサッカー部が最後の走り込みをしている。もうすぐ部活が終わる。走るサッカー部の足元から砂ぼこりが舞い上がる。それを北風が吹きさらってピロティにたたきつける。関東名物、からっ風。目を開けていられない。
ピロティのベンチの下にはいろんなものがたまっていた。枯葉、空き缶、コンビニの袋、タバコの吸殻、誰かの数学のテスト用紙、三十七点。いろんな意味でふきだまり。ピロティはそういう場所だ。
そのピロティで、かっちゃんは歌を歌っている。ピロティには他に、森田と水野っち、それに舞子もいた。
高校は普通科の新設校だ。わたしの代でやっと三学年がそろった。ベビーブーマーが大きくなって、学校が足りなくなった。多すぎる子ども達の受け皿として新しい学校が増えつづけた。わたしが通ったのは、そのうちの一校だ。
校長はなにかあるとすぐに
「パイオニア精神にのっとり」
と演説をぶった。
新設校だからパイオニアなんて短絡的だよ。ひねた私たちはそんな憎まれ口を叩いたものだ。それでも勢いはあった。古臭い規律はないし、進学校としては県ではじめての男女共学の県立高校だった。新しいということは、それだけできらきらしている。
学校は国際教育推進校で、英語コースという科があった。といっても、その実は私立文系とほとんど変わらない。早い時期に数学と理科が消えて、その分英語の授業が増える。カナダやオーストラリアからの留学生がクラスにいて、外国人の講師が常駐している。違いといったらそんなところだ。
外国人の講師はロベルトという若い男だった。イタリア系アメリカ人で、体にはりつくピチピチのライダースーツを着て、毎朝、マウンテンバイクで田んぼの真ん中の学校まで通ってきた。
ある日、その自転車が盗まれた。夕方の駐輪場で、アスファルトに向かってヘルメットを投げつけるロベルトの姿を覚えている。怒りにまかせてわめき散らすロベルトは、なんだか赤鬼みたいだった。留学帰りの水野っちによると、これだから田舎者はいやなんだ、こんなところに赴任したくはなかった、と言っていたらしい。みんなまとめて田舎者はひどい。本当のことはいつも人を傷つける。
そうだ。確か、あの自転車には名前がついていたはずだ。……セツコ、そう、SETSUKOだ。女優の原節子から名前をもらったと言っていた。
「ネイムド・フォー・セツコ・ハラ」
小津安二郎に憧れて日本にやってきた口で、原節子の大ファンだった。しかし、昭和末期の高校生は誰ひとり原節子を知らなくて、ロベルトをがっかりさせてしまう。思えばあのときから、ロベルトの失望ははじまっていたのかもしれない。
ピロティの脇を背を丸めたロベルトがゆく。かっちゃんの歌も聞こえないようだ。 盗まれたマウンテンバイクはとうとう出てこなかった。ロベルトは生徒の仕業だと思っていたようだが、そんな保証はない。門がしまっているわけでもなく、自転車置き場には誰でも自由に出入りできたんだから。
ロベルトはその後、新しいSETSUKOを買うことはしなかった。
ロベルトの後を追うように、教員用出入り口から図書の先生が出てきた。小柄な体をきびきびと動かして、駐車場に向かって大またで歩いていく。先生はかっちゃんの歌に足を止めた。
「あんたたち、早く帰んなさいよ」
「はーい」と舞子が元気に返事をする。
舞子は先生のウケがいい。特に成績がいいというわけではなかったけれど、猫のようにすりよっていく舞子をかわいがる先生は多かった。
図書の先生は、よし、とうなずいて駐車場に向かって歩き出して、ふと足を止めて言った。
「至上の愛」
かっちゃんがうれしそうに笑った。かっちゃんが歌っていたのはアルフィの“至上の愛”だったから。
図書の先生は名前を“図書野ヤギ子”という。水野っちが名づけ親だ。ヤギに似た――といってもひげがあるわけではない――色白の女の先生で、当時、たしか三十歳くらいだった。眼鏡の奥にやわらかな小さな目が光っていて、それがヤギみたいだったのかもしれない。小柄ながら背筋をピンと伸ばして、いつも図書室のカウンターの奥で作業をしていた。作業のないときには何かしら読んでいた。
アシモフ、太宰治、志賀直哉、筒井康隆、星新一、ヴォネガット、ケルアック、ブラッドベリ、カフカ、谷崎潤一郎、幸田文、向田邦子、内田百閒……。コナン・ドイルはミステリーもいいけど、怪奇ものが面白いよ。そう教えてくれたのもヤギ子だ。
ヤギ子の手の中にあると、どの本も特別な本に見えた。書店のものと違って、図書室にある本はどれも落ち着いた佇まいをしているものだが、ヤギ子が持つとさらに本のリラックス度が増す。本来あるべき場所にある、そんな感じがした。
ヤギ子は職員室が苦手だった。カウンターの奥の小さな司書室にこっそりコーヒーメーカーを持ち込んで、よっぽどの事がないと職員室には戻らない。たぶん、お昼も司書室で食べていたはずだ。マホガニーの一枚板のカウンター奥で、貸し出しカードを整理したり、本に透明な保護シートを貼ったりしているヤギ子は、先生というより変わったおばさんだった。
入学当時、図書室の本棚は半分ほどしか埋まっていなかった。新設校だから仕方がない。少ない本の中から一冊を選んでカウンターに持っていくと、ヤギ子は自分の読んでいた本を伏せて、貸し出し手続きをしてくれた。そんなとき、わたしはヤギ子の読んでいる本の背表紙を盗み見る。
「ね、センセ、面白い?」
「うん、面白い」ヤギ子は必ず、そう答えた。
ヤギ子の「面白い」にはいくつかの種類がある。本当に面白くてたまらない「面白い」と、それほどでもない「面白い」、それに、読み続けるのが苦行に近い「面白い」もあった。
「本当は面白くないんでしょう」
わたしが言うとヤギ子は
「なんまいきな子ねえ」とアハアハと笑った。
ちっとも生意気だとは思ってないような笑い方だった。
二年生になったある日の放課後、校内放送でヤギ子に呼び出された。わたしは演劇部の部室で台本の読み合わせをしていて、部室にはかっちゃんや水野っちもいた。
「本、返し忘れてるんじゃない?」かっちゃんが言った。
「そんなはずないと思うけど」
そろそろ下校時刻だった。わたしは帰り支度をしてから図書室へ向かった。うまくすれば、ヤギ子の車で駅まで送ってもらえるかもしれない。
図書室は教務棟の三階の隅だ。わたしは人気のない階段を一気に駆け上がった。ヤギ子はもう帰ってしまったのか、図書室は暗くなっていた。引き戸に手をかけると、しかし、まだ鍵が開いている。そろそろとドアを開けると、うす闇の中、ヤギ子がカウンターに寄りかかっているのが見えた。明り取りの大きな窓から夕焼けが差し込んで、ヤギ子の小さな体は黒い影になっている。ちょうど帰るところだったのかもしれない。
「遅くなりました」
ヤギ子はゆっくりと振り向いた。
「もう帰るところ?」
ヤギ子は答えない。無言でカウンターの上の本を手に取って、ぱらぱらとページをめくった。
しゅう、と本がリラックスしたのがわかった。あるべき場所にある感じ。ヤギ子が手に取ると、本はまるで生き物みたいに見える。
ヤギ子は本の表紙を撫でた。本に油気を吸い取られて、ヤギ子の手は冬でもかさかさしている。その指先で毛並みを整えるようにカバーのずれを直した。それから、整えた本をカウンターの上のもう一冊の上に重ねた。赤と緑のクリスマスみたいな装丁の本だ。ぴかぴかと光っている。
「これ、あげる」
ヤギ子は二冊の本をぐいっとわたしのほうに押しやった。何かを振り切るような乱暴な仕草だった。ヤギ子がそんなふうに本を扱うのは珍しい。
「今日、貸し出しカードを持ってな……」
「貸すんじゃなくて、あげるの」
ヤギ子はぴしゃりと言った。硬い声。
わたしは本を手に取った。ラベルも保護シートも貼っていない。
「センセイの本?」
ヤギ子は答えない。わたしなんかそこにいないかのように、じっと窓の外の夕焼けを眺めている。うす闇に目が慣れて、ヤギ子の顔がぼんやりと見えた。目が赤い。たったいま泣き止んだばかりというような目だ。それでいて、しんと澄んでもいる。
ヤギ子はすすっと鼻をすすり上げた。それから、冷えるわね、とでもいうように両手で自分の肩を抱えた。
声をかけてはいけないような気がして、わたしは本を鞄に入れて図書室を出た。廊下で取り出してみると、ヤギコの手の中でぴかぴかに光っていた本は、もう、どこにでもあるただの本になっていた。
その後、二週間かけてその本を読んだ。セックスに関する記述がいくつか出てきて少しどきどきした。でも、それだけだ。なにが言いたいのかさっぱりわからない。なんでこんなに人が死ぬのかもわからなかった。
ヤギ子は次の日から元のヤギ子だった。相変わらずカウンターの奥で本を読んでいたし、面白い? と訊くと、面白い、と答えた。アハアハと口をあけて笑ったし、大またでずかずかと歩いた。
半年ほど経った頃、掃除の途中にヤギ子が声をかけてきた。
「そういえば、あの本どうだった?」
なにかのついでというような軽い口調だった。わたしは心臓がどきんとして、でも、よくわからなかったと正直に感想を言った。ヤギ子はしゅっと目を伏せて、
「うん」と言った。
うん。ただひと言だけ。それから掃除に戻った。
その本をもう一度読み返したのは三十歳のときだ。つまらないとは思わなかったからら、わたしの成長が本に追いついたのかもしれない。
それでも、どうしてヤギ子があれをわたしに読ませたかったのか、あの本の何を読ませたかったのかは未だにわからない。
「貸すんじゃなくてあげるの」
『ノルウェイの森』を見ると、あの硬いヤギ子の声を思い出す。
がら空きだった図書室の棚は、わたしが卒業するまでに五分の四まで埋まった。体育館も二年の秋に落成して、学校としての体裁が整いつつあった。
(続く)